【特別企画】小原とコムアイさんの対談を公開しました

ブレークスルーポイントは「縄文杉よりコケを見よ」の一言。著名コケ愛好家となった藤井久子さん

コケが大人気である。

以前はコケに着目する人は少なかったが、いったん魅入られると奥深く、美しく、何より楽しいのがコケなのだ。最近ではコケを目的にコケ名所を訪れる人も珍しくなくなった。そんな人たちが頼りにしている“コケ伝道師”がいる。コケ愛好家の藤井久子さんである。

藤井さんのコケ愛好家としてのルーツをたどると、それは屋久島だった。

あの一言がなければコケに関わってなかった

ーー今やコケといえば藤井さんというぐらい、コケ界の有名人ですよね。コケとの出会いは?

ずばり、屋久島です。
といっても当初、コケに興味はなかったんです。

2005年のこと、母と2人で屋久島に行きました。ネットで良さそうなネイチャーガイドさんを予約して、1日ガイドをお願いして白谷雲水峡を案内してもらっていました。

『屋久島は初めてですか? どんなところに行きたいんですか?』

などと歩きながら質問されて、軽く

『そうですねー、やっぱり、屋久島といえば縄文杉を見るべきですよね?』

と答えたら、ガイドさんが足をピタッと止めて振り返り、こう言ったんです。

『いやいやいや。確かに縄文杉は有名ですが、ほんのすぐそこにも素晴らしいものがありますよ

そしてかがみ込んで足元に生えているコケを手にとって、目の前でギューっと握りしめたんです。こぶしから、水がポタポタと落ちました。

びっくりして見ていると、

『これはオオミズゴケというコケです。ほら、水が出るでしょ。他の植物で握って水が出るってことあります? しかもこれ、水分が出ても、もとのところに置けばまた生きていけるんです

そういって、大切そうにもとのところに戻しました。

この屋久島の森はね、コケが作り出しているといっても言いすぎじゃないんですよ』

コケ! 思いも寄らないことでした。しかも、握って水まで出たのにまだ生きてるの?!と驚いていると、続いて

『ルーペ貸しますから、コケを見てみませんか?』

と言うんです。そのガイドさんこそ、YNAC(屋久島野外活動総合センター)の小原比呂志さんだったんです。

オオミズゴケ
手渡されたルーペで覗いてみると、そこには今まで見たことのない光景があった。コケの身体のつくりの細かさ、種類によって形状も色も異なる多様性、すべてが驚きだった。
ルーペで見るコケは、まるで大木のように現れ、それが群落となって広がっていて、それはまるで小さな森のような世界だった。藤井さんは時間も忘れ、その美しさに夢中になった。

特に形状は言葉が出ないほどの驚きでした。人間の想像を超える機能美が備わっているとでも言うような。そこに小原さんの説明も加わって、たとえば葉のとがり方1つにも意味があることが分かったんです。とにかく、コケの生きざまに目からウロコが落ちまくりでした。

かと思うと、立ち上がって見渡す世界はまた違う美しさなんです。今度はコケを土台として大きな屋久杉がそびえる森が広がっていて、えっ、どっちが本物の森? という気持ちになるけど、両方とも本物の森なんです。

屋久島の森は、そうやって大小さまざまな命に支えられて成り立っている……コケから見た屋久島はそんな感動を与えてくれました。

もともと自然が好きな藤井さんだったが、コケをルーペで見るのは初体験だった。この経験によって、今まで知らなかった世界の扉が、屋久島で開いたのである。

ーーコケとの出会いは屋久島だったんですね!

そうなんですよ。でも帰宅してからは仕事(編集プロダクションで働いていました)が忙しすぎて、コケのことは思い出になってしまっていたんです。だけど、2008年頃だったと思いますが、登山がブームになって、友だちに誘われて八ヶ岳に行ったんです。

前日雨が降っていたので、森の中にたくさんのキノコが生えていたのが目に入って、きれいだなと思いながらよく見るとキノコの足元に雨のおかげでふかふかのコケがあるのに気がついて、

『ああ、そういえば屋久島でコケのことたくさん教えてもらったっけ』

と、コケの楽しさを思い出したんです。そうしたらもうコケしか目に入らなくなってしまったんです。むしろ、森林限界より上の頂上はどうでもよくなって、コケばかり見てグループの人に『遅い!』って叱られました(笑)。

そこからはコケまっしぐらです。帰ってからコケの本を読んだり、一般人も入れる学会や愛好会に入ったりして日々、コケ観察ばかりしていました。

観察会の様子(撮影:野田ふみ)
八ヶ岳登山は屋久島で受けた衝撃を思い出させてくれた。
それが、藤井さんがコケ愛好家として一歩を踏み出すきっかけにもなった。
屋久島は原点であり、ときどき立ち戻る故郷でもある。最初に訪れたときは独身だったが、結婚してから連れ合いと、子どもが生まれてからは子どもとも出かけ、今までに7回も来島している。その度に屋久島のコケに魅了されるという。
そんな藤井さんは八ヶ岳に行った頃、長年勤めた編集プロダクションを辞め、もう一度編集やライティングを学び直そうと1年間専門学校へ通っていたのだが、授業でブログを作ることになり「テーマがあるといいですね」という先生の言葉に「私はコケしかない」と、「かわいいコケ ブログ」というブログを立ち上げたのである。

学校では企画書を書くという課題や、自由に文章を書くという授業もあったんですが、私が書くのはすべてコケ!

もうコケを推して推して推しまくってました。そうしたら校長先生が『藤井さんは本当にコケを推すね! 一度、出版社に企画を持ち込んでみては?』と言ってくださって、リトルモアという出版社を紹介してくださったんです。

リトルモアといえばひとひねりある文芸書などが有名な出版社である。藤井さんも「無理だろうな」と思いつつ出向いていくと、農学部出身の女性編集者がていねいに企画書を見てくれた。そして後日「面白いですよ。本にしてみませんか?」と連絡が来たのである!
それが処女作「コケはともだち」(リトルモア)だ。それまでコケに関する本、特に初心者向けの本はほとんどなかったので、たちまち大人気となった。

編集者の方は、細く長く売っていこうと思っていたようなんですが、販売担当の女性の方が『せっかく出したんですから、イベントとかやって宣伝しましょう』と言ってくださって。

杉並区荻窪にある「6次元」というお店のオーナーさん(ナカムラクニオさん)がコケが好きだということで、イベントができないかと話を持っていってくれたんです。

『6次元』は40人も入ればきゅうきゅうになってしまうぐらいの広さなんですが、なんと80名以上の方が応募してきてくださったんで、急遽2回に分けてやることになりました。

販売担当の方も『こんなにコケに興味がある人がいるんだ』と驚いて、観察会やラジオ出演など、販促のためのいろいろな話を持ってきてくださって、そこからまた、ラジオを聞いたり取材してくださったりした方から次の依頼が来るような形になっていきました。

ーー引き寄せ力がすごい!同時に、コケの情報を世の中が待ち望んでいるタイミングだったんでしょうね。その後、2017年には「知りたい会いたい 特徴がよくわかる コケ図鑑」(家の光協会)も上梓し、2019年はほぼ毎月講演や観察会などコケ関係の仕事で大忙しだったとか。

はい、2019年はちょっと特別だったのかもしれませんが、苔テラリウムなども人気を集めているからか、忙しかったですね! 屋久島に行ってなかったら、ガイドが小原さんじゃなかったら、こうはなってなかったですね。

YNAC(屋久島野外活動総合センター)の小原比呂志さん

ーー藤井さんのブログにも、すごく美しい文章で屋久島のことが書かれている部分があって、目に浮かぶような描写ですぐにも屋久島に行きたくなりました。

えっ、そんなこと書いてました? 私。

ーーはい。素晴らしい文章です。ちょっと引用させてください。

森の中であらゆる動植物の命が
みなぎっているあのかんじ。

いや、土、空気、光、命のないものまでも
森の中ではなんか「満ちている」と感じられた。

もちろん森一帯を覆うコケも
そういったエネルギーを受け、
また自らも生命力に満ちて
キラキラと輝いていた。

大木の下で光と影を交互に受けるコケたちは
なんと青々として、みずみずしかったことか。

しかしそのコケたちこそが、
頭上の大木がかつて人の指の長さにも
満たない幼木だったときには、
ふかふかのベッドとなってその成長を助けていたのだ。

屋久島にはそういった生命の連鎖があふれている。

たくさんの命と風土が
みな繋がっていることが肌で感じられる。

むしろ私はその中心が
コケであるといっても
過言ではないと思っている。

ーーこの素敵な文章は、やはり屋久島が書かせたものでしょうか。

ありがとうございます。

……確かに、現地に行って刺激を受けたことはすぐブログに書いているんで、行かなければ書けなかったと思います。

屋久島の森でコケをはじめとする小さな自然を観察しているときは、目でその世界を見ていますが、同時に鳥やヤクザルの鳴き声や川が流れる音が遠くに聞こえたり、森の湿った土の匂いを感じたり、手に触れるコケの柔らかさや硬さなども感じています。

つまりコケに集中していても、五感全部が目覚めるようなところがあって、体の感覚全部で屋久島の森を感じていると思うんです。文章にもそれが反映されたのかもしれません。

屋久島の森のコケむす風景

 

屋久島は人に発想力を与えてくれる

ーー屋久島の自然は、脳を活性化させるということでしょうか?

そうだと思います。

都会で暮らしていて、日々、ビルに囲まれた中でパソコンとにらめっこの仕事をして、お昼ごはんはコンビニ飯、行きも帰りも満員電車で、帰り着いた家はひょろひょろの観葉植物がかろうじてあるだけ……という毎日から出てくるものと、屋久島で大自然とふれあい、五感全部を刺激される日々から生まれ出るものは全く違うんじゃないでしょうか。

体を作るもの……吸う空気、飲む水、食べ物だって全部、自然の恵みそのままですしね。

「感性を磨く」という点では、屋久島のような大自然に包まれ、その恵みを受けて『自分は生きている』と体感しながら過ごす時間は、仕事においても、人生そのものにおいてもすごく重要なんじゃないでしょうか。ふだんでは得られない発想、インスピレーションが生まれるのではないかと思います。

ありがとうございました。
屋久島と出会い人生が変わった藤井さんに言われると説得力ありすぎです。

これは1つの啓示かもしれない。
今、新型コロナの拡大を受けて、生きかたや働きかたが変わりつつある。
日本に特有の、会社で長時間机に座っていることが仕事と評価されるような働きかたは、ITの発達によってゆっくりとリモートワークへと置き換わりつつある。
リモートならどこで仕事をしてもいいわけで、もちろん、それが屋久島だっていいのだ。
そして、ちょっと仕事に行き詰まったときに、窓を開ければこぼれるような緑があり、鳥の声が聞こえてくる。遠く、1000〜2000m近い山がそびえ、雲が流れていく。そんな環境なら、散歩することで「田園」交響曲を書いたベートーベンや、斬新な発想を得ていたスティーブ・ジョブスの例を引くまでもなく、その人の最大値が自ずと引き出されるのではないだろうか。
淀んでしまった脳の空気を、屋久島の空気と入れ替えたとき生まれる着想は、藤井さんのように誰しもに次の世界の扉を開かせるかもしれない。

だから、いざ、屋久島へ!

文章:有川美紀子

藤井久子(ふじい・ひさこ)

1978年兵庫県出身。コケ愛好家。岡山コケの会、日本蘚苔類学会会員。編集者・ライターとして活躍しつつ、コケの魅力を伝えるため全国で講演会や観察会も行っている。著書「コケはともだち」(リトルモア)「知りたい会いたい 特徴がよくわかるコケ図鑑」(家の光協会)はコケを知りたい人必携の書となっている。屋久島への来島回数は7回。

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(撮影:河井大輔)


コケはともだち(リトルモア)
「コケ」初心者K子さんとともに「コケ」のいろはを学び、知られざるおもしろさ、しみじみと奥深い楽しみ方を豊富な写真とイラストで解説する、コケ世界への案内書。
コケのコケティシュな魅力が満載の、「コケ」とともだちになるための入門書です! (引用:リトルモアブックス)


知りたい 会いたい 特徴がよくわかる コケ図鑑(家の光協会)
街中や公園、田畑など身近な場所に生息し、女性にも人気のコケ。見つけやすい約180種の特徴や生態、見分け方のポイントを初心者でもわかりやすく解説。散歩や旅行などの野外観察にも便利なハンディタイプ。(引用:光の家ネット)