前回に引き続き、水曜日のカンパネラのコムアイさんと屋久島野外活動総合センターの小原比呂志の対談です。今回は、島に伝わる様々な伝説と、屋久島の人々が自然とどう生きてきたか、二人が思う屋久島像に迫ります。そこから見えてくる屋久島の魅力とは?
小原:前回、矢筈嶽神社の話をしましたよね。いろんな連想が頭に湧いてきました。
たとえば二十三夜待ちの話をしたくなってきた。
コムアイ:二十三夜待ち?

小原:お祭りというか「講」、村の集会なんですけど、屋久島は船で遠くに旅立った大切な人、家族や友人の安全を祈るんです。深夜に出てくる月を待つと言う行事なんですが。楠川や小島などに残っていますね。
みんなでいろいろ儀式をしたり、飲んだりして月の出を待つんです。出てきたら安全を祈って夜中じゅう続けて、日が出たら終わるという。二十三夜の月にはそういう霊力があるということなんですね。
コムアイ:二十三夜ってことは下弦の月かな?
小原:えっと、そうですね、下弦。
コムアイ:(月が)船の形してるからかなと思ったんです。
小原:ああ、そうかもしれないですね。形から連想したのかも。
注:下弦の月は朝方西の空に見え、半月の弦が下、弧が上になるので下弦という。ところが夜半に東に上る際は弦が上、弧が下になるので、半円の船の形に見える。
コムアイ:とても興味深いお話ですね。二十三夜待ちでまた一曲書けそうな気がします。
小原:民俗学者の宮本常一先生も屋久島に来ていて本を1冊書残してくださってますが、そこには、二十三夜待ちも含めて屋久島はとにかく宴会が多いって書いてありましたね(笑)。
コムアイ:宮本常一さん、屋久島に来られてたんですね! ああ、その本読まなきゃ。
月といえば、中間の綱引き歌、あれも月の歌ですよね。『屋久の日月節』にも使わせてもらった ♪よいわいなぁ、はれわいなぁ……っていう合いの手のやつ。
小原:そうですね。
コムアイ:あの綱引きのイメージって、ヘビですか?
小原:そういいますね。
参考 十五夜の綱引きで歌われる歌(中間集落)屋久島環境文化財団 - Facebookコムアイ:ヘビやカエルと月って相性がすごくいいみたいで、いろんな地域で出てきますね。すごく不思議なんですよ、それが。縄文の文様とか、月とカエルと蛇ものすごく出てきますね。
小原:カエルも出てきます?
コムアイ:出てきますね、すごく多いと思います。これはカエルに見えないだろうというような文様、でも縄文のカエルの文様は月を表すモチーフなんだそうです。なぜだかわからないのですが。縄文はもう全部がミステリーですから、そこを想像するのが楽しいですね。

コムアイ:屋久島に伝わる歌で、今回『Re:SET』にも使わせていただいたものに『まつばんだ』がありました。
でもね、屋久島を知る手がかりを見つけるのはすごく難しかったんです。
昔から伝わる古い歌がたくさん残っているととっかかりになって、そこから紐解いて入っていけるんですが、なかなかそのとっかかりが見つからなかった。
小原:屋久島には結局『まつばんだ』と『湯泊傘踊り』の2つしかわかりやすい手がかりがないんですよね。
コムアイ:『湯泊傘踊り』? 湯泊に伝わっているんですか?
小原:はい。これは伝承の経緯がはっきりしてて、江戸時代の終わりか明治の初期かに、琉球船が長いこと風待ちしてたそうなんです。船が壊れたか、天候のせいか分かりませんが。そのときに乗組員が歌を教えてくれてそれが『湯泊傘踊り』として今も伝わっていると。最後の庄屋の息子がその継承者となり、家元となって歌い継いできたんだということらしいです。これは完全に琉球音階です。『まつばんだ』も琉球音階というのが有力な解釈なので、こちらも伝承の経緯は似たようなものかもしれない。もっとも屋久島では日本風の短調の曲に変わってしまってるんですが。

コムアイ:そうなんですね。
先程も言ったように、屋久島を知る手がかりを見つけるのには苦労しました。どこから紐解いていくかって考えたとき、屋久島は観光やアウトドア的な要素が強くて、人間と山の関わりを見つけるのが難しかった。歌も少なかったし、どうやってこの自然の中で人々が宗教観のようなものを築いたかという記録がなかなかなくて。
アイヌ文化でも、日本のものより外国の人が残した記録が多いようですね。イザベラ・バードとか、二風谷に入って医療活動をしながら儀式の記録映像を撮ったニール・ゴードン・マンローとか。少し後の世代で萱野茂さんがご活躍されます。昔は日本国内でアイヌの文化が尊重されていなかったから、彼らの記録はすごく貴重です。
屋久島ではそういうとっかかりが見つからず苦労しているところを小原さんが民俗学的な視点で語ってくださったので、糸口がつかめたんです。
やっぱり、自然といきなり向き合っても、それを言葉や音楽にするのは実は難しかったりするから。
小原:人と自然の関わりの部分ですね。
コムアイ:はい。私、屋久島に行ったときにそのことについてすごく考えたんです。「自然」という言葉ができたとき「人間」もできたんじゃないかなって。
自然の中に人間が溶け込んでいたときは、自然と区別する必要がなかったから自然という言葉もなかった。「自然」という言葉は、すごくよそ者のような感覚があって、人間が「どうしたらもう一度自然の一部に戻れるのだろう」って思ったから「自然」という言葉ができた気がするんです。そのときに「人間」という意識が生まれたのかなと。
熊野は、平安時代から上皇がお参りしてたそうですが、それも「自然を取り戻したい」という気持ちだったのではと思うんです。私たちが屋久島に行くような感じ。そのことがすでに、現代人的発想の気がします。
小原:ああ、カウンター(対するもの)としてということですね。カウンターができて初めて意識が生まれるということはあるかもしれませんね。屋久島のアイデンティティとかもそんな感じがします。
もう一つ言うと、アイデンティティとしても屋久島ってやっぱり木材のことなしには語れないんです。
前回、種子島と洞窟がつながってるという伝説の話しましたけど、種子島との関係1つとっても木材が深く絡んでる。
コムアイ:種子島と屋久島ってどういう関係だったんですか?
小原:屋久島は600年ぐらい前、完全に種子島の領土でした。支配され、500年前ぐらいになると種子島は木材を持ち出し始めるんです。船を作るために。
コムアイ:そうなんですか。
小原:屋久島は何の島かというと、歴史上は「木材」なんですよ。ほかにはほとんどなにも出てこない。良質な木材がこれだけ豊富にあるから、それをなんとか利用したい。そのためには山を支配している山の神の祟りを解いて、開発できるようにしなければならない。そこで活躍したのが法華宗ですね。つまり日蓮宗。
法華宗は大きく6つに分かれて、さらにまたたくさんに分派していますが、そのうちの1つが屋久島で「山の神がいるから木が切れないのであれば、山の神を折伏、つまり法力をもって制圧しよう」と働いたようなんです。それで、多分屋久島の神様たちは法華宗に鎮圧されてしまったので、ランクが落ちてしまった。これまでトップだったのが、下級の神様になってしまい、だんだん妖怪扱いされていくようになったらしいです。

コムアイ:妖怪に。うーん、なるほど。
小原:木は、勘合貿易のために中国(当時は明)に行く大型の貿易船を作るのに使われ始めたのが500年前ぐらいらしいです。そして、その100年ほど後に薩摩の島津家がこの辺りの支配者になり、その後もずっと島津家の命のまま木を切り出すことになり、島の主要産業になっていくんです。
「木材かつぎ」をしていた人たちって、100キロ担いで山から出したりしていて、辛い仕事の上にピンはねされて安いお金にしかならない。でも、安定はしていたので波乱がなくて幸せな生活、ただし重労働……っていうのがこの頃の生活だったかも。
とはいえ、僕はここの生まれではないので、こういうことが皮膚感覚で分からないから想像するだけだから、昔の専門家がいろいろ調べて書き留めてくれた、いくつかある記録がものすごく大事ですね。
コムアイ:ああ、アイヌのことと同じですね。本当にそう思います。

小原:コムアイさんの音楽を聞いていて思うのは、すごく外に開かれている印象があるんですね。『キイロのうた』だけは内面的な歌かなって思うけど、それ以外は内/外の隔たりなく世界に向き合っているように思います。
そういう目線で見て、屋久島について最後に一言いただければ。
コムアイ:うーん、そうですね……。
私にとって屋久島は、人間が自然の中に埋もれているようなイメージの場所なんです。熊野は、岩壁や滝を祀っている場所が多く、意識的に、自然と人間の関係を結ぼうとする様子がみえます。
屋久島は宗教観を通じて向き合うのではなく、自然と分かれる前の、森の一部であった自分をいつのまにか思い出しているような、そういう場所かな。
今、こうして人間として生きている私たちも、森の一部だったときの自分を覚えている部分があると思うんです。本能的、野性的な部分。いつもは人間の顔をして仮面をつけているような自分の、眠っている可能性が目覚めるようなそういう場所だと思うんです。
もちろん、どなたにも一度は行ってほしいんだけど、それは、必ずしも屋久島に行かなくても得られる感覚だと思っていて、屋久島をイメージしてそれを受け取るだけでも、自分の中にあるドアが開くのではないかと思うんです。
『YAKUSHIMA TREASURE』の音源を聞いていただいたり、『屋久の日月節』のMVを見ていただくだけでもその入口になれるかな。 行かれなくても想像して受け取れるものがある場所のように思いますね。
小原:ありがとうございます。
いや実は、屋久島と種子島と熊野のつながりの話もあるんですが、もう時間切れ。
コムアイ:えっ、それ絶対聞きたいです。今度タイチさんも一緒に話聞かせてください!
文章:有川美紀子

水曜日のカンパネラ ボーカル。1992年生まれ。国内外のフェスに出演し、大きな反響を得る。もともと各地の民俗的な側面に興味を持ち、近年アイヌ文化や南インド音楽にもアプローチしている。和歌山県熊野を舞台にしたプロジェクトも進行中。
屋久島には2018年に訪れ、2019年に『YAKUSHIMA TREASURE』として成果を全6曲のEPでリリース。収録曲『屋久の日月節』(やくのじつげつぶし)は鎌谷聡二郎によるミュージックビデオにもなる。屋久島で感じたことや制作の過程は映像化され、YouTubeオリジナルで『Re:SET』として全7話で公開されている。
水曜日のカンパネラ 公式サイト:http://www.wed-camp.com/
コムアイ Instagram アカウント:@kom_i_jp
